僕と湖の主
雨の匂いが嫌いだった。 あの日を思い出すから。 僕がまだ幼かった頃、故郷の村は“青い竜”に滅ぼされた。 燃える家々、響く悲鳴、黒い空。 そして最後に見たのは、巨大な翼を広げる蒼い怪物の姿だった。 だから僕は竜狩りになった。 いつか復讐するために。 ――そして十年後。 ついにその竜を見つけた。 激しい雨の中、湖のほとりで対峙する。 目の前の竜は山のように巨大で、鋭い牙からは白い息が漏れていた。 「……やっと会えた」 僕は剣を握る。 震えていたのは恐怖じゃない。憎しみだ。 だが、その時だった。 竜の背後から、黒い影が飛び出した。 泥のような身体を持つ異形の怪物。 それは一直線に僕へ襲いかかる。 避けられない――そう思った瞬間。 轟音と共に、蒼い竜の爪が怪物を叩き潰した。 僕を守ったのだ。 理解が追いつかなかった。 なぜ? どうして僕を助けた? すると竜は静かに湖を見た。 そこには、無数の黒い影が蠢いていた。 その時、ようやく気づく。 村を襲ったのは、この竜じゃなかった。 竜はずっと戦っていたんだ。 湖の底から溢れ出る“闇”を、たった一匹で。 僕はゆっくりと剣を下ろす。 そして初めて、竜の瞳を真っ直ぐ見た。 その瞳は怪物のものじゃない。 誰よりも孤独な、守護者の瞳だった。
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