光と涙の鎮魂歌
私は、“涙”を異界へ送る役目を担っている。 名前はもう、あまり覚えていない。 いつからこの役目をしているのかも知らない。ただ、気づけば白い服を纏い、光の降る場所で祈るように立っていた。 人の涙は、消えない。 誰にも言えなかった悲しみも、胸の奥に沈めた後悔も、流しきれなかった想いも、夜になると小さな光へ姿を変える。 私はそれを集め、異界へ送る。 指先に触れた涙は温度を持っていた。 冷たい涙は孤独。 熱い涙は怒り。 震える涙は、大切な誰かを失った痛み。 私はそれらを胸に抱え、光の輪の中で目を閉じる。 すると金色の粒子が舞い、涙は星になって空へ昇っていく。 「もう苦しまなくていいよ」 そう呟くたび、世界は少しだけ静かになった。 けれど――私は、自分の涙を知らない。 泣いた記憶がなかった。 悲しかった記憶も、誰かを愛した記憶も。 まるで私だけ、感情を置いてきた空っぽの器みたいだった。 そんなある夜、一粒だけ送れない涙に出会う。 淡く光る、小さな雫。 触れた瞬間、胸が痛んだ。 雨の匂い。 狭い屋根の下。 濡れた肩が少し触れて、隣の誰かが笑っている。 『泣きたい時は、無理しなくていい』 優しい声。 でも顔だけが見えない。 知らないはずなのに、胸が締めつけられる。 気づけば私は泣いていた。 ぽたり、と頬から落ちた涙は金色にならず、足元で静かに揺れる。 その涙だけは、異界へ送られなかった。 代わりに、光の扉が現れる。 私はやっと理解する。 送っていたのは、誰かの涙じゃない。 私はずっと、自分の涙へ帰る道を探していたんだ。 扉の向こうには、きっと誰かがいる。 私が泣けなくなるほど、大切だった誰かが。 私は震える指を握りしめ、光の中へ歩き出した。
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