【全部乗せ】記憶の塗り替えは、あの頃の姿で

紺の水着を身にまとい、目穴の開いたマスクをかぶる。 肌に貼りつく布地、呼吸をこもらせる感触―― あの頃と同じはずなのに、心はまるで違っていた。 彼女は知っている。もう逃げなくていいと。 これは過去をなぞるためじゃない。 愛する人に、すべてを委ねるための儀式。 「……ん、ふ……んむぅ……っ……」 くぐもった声に、彼の指先が応える。 そのぬくもりが、苦い記憶の輪郭をやわらかく削っていく。 かつては命じられ、従うだけだったあの時間が、 今は、自らの意思で重ねられていく。 恐怖も、羞恥も、もうここにはない。 あるのはただ、“受け入れられる”という静かな歓び。 過去は消えない。けれど、塗り替えることはできる。 静かで、濃密な夜が、確かにそう教えてくれる。

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